食わず女房と軒菖蒲

原文

昔々、あるところに、大そう働き者の若者がいました。ある年、この若者は美しい嫁さんを迎えました。嫁さんは心が優しく大変働き者でした。

ところがこの嫁さんは、どうしたことかご飯を食べませんでした。それなのに婿さんと野良仕事に出てもよく働くのです。心配した婿さんはある日嫁さんを家に残して、一人で野良を耕していました。それでも嫁さんのことが気になり、こっそり野良から帰ってきて、戸の隙から家の中をちょいとのぞきました。

すると、そこには大きな大蛇がいて、鶏や天井のネズミなどを獲って呑み込んでいるではありませんか。嫁さんは実は恐ろしい大蛇だったのです。

これを知った婿さんはびっくりして、一目散に逃げ出しました。その物音に気づいた大蛇は、自分のみにくい姿を見られては、二人の仲もこれまでと思い、婿さんの後を追っていきました。

恐ろしい大蛇が後から追いつこうとします。婿さんは疲れ果て、足はすくみもう走れません。草むらがあったので、その中へ隠れました。婿さんを一呑みにしようと追ってきた大蛇は、どうしたことかその草むらの外をぐるぐる回っていましたが、中へは入ろうとせず、あきらめたかのように静かにどこへともなく行ってしまいました。

ようやく我に返った婿さんがあたり一面をみると、その草むらは菖蒲が一面に花を咲かせ、よもぎも生い繁っていました。大蛇は菖蒲とよもぎの不思議な霊力によって草むらの中に入ることができず、それのみか自分の邪気も失ってしまったということです。

端午の節句にはどこの家でも軒先に、菖蒲とよもぎの葉を刺しますが、これは家の中に「蛇」すなわち「邪」が入りこまないようにと刺すのだということです。

石岡光雄『氏家むかしむかし』より