寺子の蛇沢

栃木県那須塩原市

大字寺子の昔枝村に蛇沢村と言う所があり、ここに長者屋敷の跡と言われていたところがあった。往時三人の長者が住んで居て、そのうちの老人がことに勝れた長者であった。一人の娘がおり、容色も優れた上に、心ばえもやさしかった。老父母はことのほか可愛がり、荒き風にも当てず、この娘の慰めにということで、築山を築き、泉水を掘り、魚を放って餌まき与えての魚の群がり遊ぶ様を見て楽しみとしていた。のちには蛇蟹の類までも出て、蒔いた餌を喜んでいた。然るに彼の蛇が娘を見染めて形を変えて男の姿となり、娘を誑かしたので蟹共は怒り、数百の蟹が群って鋏をもって、彼の蛇をずたずたにはさみ切り、餌を与えてくれた恩に報いて立ち去った。
その故をもって、蟹の集った沢を蟹沢と言い、この因縁をもって、もとは梅が久保村と言ったこの辺りを蛇沢と称えたということである。

『黒磯市誌』より

実際江戸時代には蛇沢村と見え、蛇塚があるらしい。この話の蛇にまつわる(という伝の)塚だろうか。ともあれ、蟹報恩の話がこうして那須でも語られていた、という事例。

なぜ蛇を蟹が退治する話が各地で語れるのか、それがまま長者の娘を助けるのはなぜか、というのは杳として判然としない。蟹沢というのがあるのか知らないが、ここに本当に蛇沢・蟹沢が並んでいたというならば面白いだろう。