八龍神の由来

原文

大字島、鉄道に沿って熊川の西方、一、二町、俗にユウジンというところがあります。

約二百坪程の大窟に春夏秋冬を通しこんこんと湧き水が充満して、碧潭蒼々とし、その上を篠笹がぼうぼうと生い冠り、杉森は空を閉して実に魔の棲家を思わせるほど物凄い有様でした(現在は、北西南は開墾され、夏秋も水が涸れ、昔時の面影はさらになくなりました。加之泥が堆積して底が浅くなりました)。

その窟の近傍に藁龕を備え、注連を垂れて神域を思わせております。これがすなわち八龍神でありました。

その由来は次のようであります。

時は不詳でありますが。鬱蒼としたその大森を伐り倒すことになり、毎日数人の樵夫が伐採に従事しておりました。この森林の中に特に大きな欅が一本ありました。枝は四方に繁茂して日を遮り、昼なお暗く枝股の腐植土には草や木が生え、樹膚には緑の苔が滑かに花を咲かせておりました。その大欅を伐ろうとして斧を入れましたが、倒すまでに至らぬうち日が暮れてしまいました。翌朝出かけ仕事を続けようとした樵夫等が驚いたことには、その欅に前日の斧の跡が少しも無く、何事も無かったかのようでありました。樵夫等は、疑いかつ慄き、夜を徹して根を巻き、鋸を入れたのでありました。徹夜の作業に極度に疲労した樵夫等はわずかを残して宿舎に引き上げました。

翌朝未明に起き出て樹下に行ってみましたところ、またしても斧の跡、鋸の痕がことごとく消滅しており、樵夫等の戦慄一通りではありませんでした。一同はいたずらに樹の下を廻ってただ唖然とし言葉もありませんでした。偶々一人の樵夫が、何気なく樹幹の上の方を仰いでみると、恍々として眼を射る星のような光が、四つ五つ六つ、彼方へ廻り此方へ移っているのではありませんか。驚き怪しんで、他の樵夫等に知らせ共々その怪しい光を見守ると、その光は徐々に降下すると見る間に突如、一升樽程の大蛇の姿となって現れ二岐の朱い舌を稲妻のように閃めかせました。

「やっ大蛇だ」驚きおののく樵夫等の声。大蛇は一頭また一頭と、計八頭よれつからみつ、頭を垂れて恨めし気に下界を見下しておりました。樵夫等の恐怖はその極に達し、声も出ず、生気を失って帰宅し、いずれも黙々として床に臥すこと数日に及びました。やがて里人達は右等を伝え聞いて集まり、樵夫達と相諮ってその大欅をそのまま御神木として、大蛇を祀りました。これがすなわち八龍神の起因であります。この欅は、明治十七年東北本線の敷設のため惜しいことに伐られてしまいました。

『黒磯市誌』より