昔、荒川の乙畑地内に釜が渕という深いところがあった。この渕からは毎晩白い霧が立ちのぼり、ちょうど白い旗を立てたように見え、薄気味の悪い音が聞こえ響いたので、近所の人たちは夜は早く戸を閉めてしまい、恐ろしがっていた。
村人の一人が熊野神社を祈願すると、数百年の年功を経た毒蝮がこの渕で死んで、その悪霊が怪事を起こしている、と告げられた。そして、荒川の見える高台に神を祀り、毒蝮を供養するよう続けられた。
そこで、坊山の高台にこの霊を祀って供養したところ、怪音も白い霧もなくなった。その音と、白い旗のように白気が立つ霧ということで音幡というようになり、これが乙畑となったのだという。
谷川と荒川の合流する辺りをいったものだろうか。その北600メートルほどに熊野神社が見える。乙畑は小幡(乙畑)氏の所領するところであり、小幡と書いて音幡と書いた例は「なくはない」くらいだそうな。
ともあれ、蛇の発する霧を「旗・幡」のようなものに見ている興味深い話だ。霧隠城のイメージ(「大谷津の鏡が池」)など、その霧は立ち込めたものをまずイメージするが、立ち上ってから広がるような感じなのかもしれない。
ハタの話と竜蛇の関係、という点で面白いが、そもそも「タツ」というイメージから竜蛇に結びついているのかもしれない、というところが重要だ。なぜ竜蛇が霧を発するのかというのはよくわからない話なのだが、ひとつのヒントではあるだろう。