長井畠中の百姓、岸五郎どんが、奥山へ草刈りに行きましたところ、ザワザワと草や木を動かして、冷たい風がさっと一ふき吹きながら、二升(三・五リットル)だるほどの太さ(直径二〇センチ)の大蛇があらわれました。
ちょうどその時、岸五郎どんは、腰から煙草入れを出して吸っているときだったので、大蛇は一のみに飲もうとしましたが、煙草の煙にむせて、ザワザワと草をなびかせて姿を消してしまいました。
岸五郎どんが秋になって鍬の柄をとりに、また奥山へ行ったところ、前の大蛇がこれを見つけ、こんどこそ逃がすものかとばかり追いかけてきました。
岸五郎どんは、手にしたおのを振りまわしながら山の上の方へ逃げあがり、追いつかれそうになったとき、夢中でおのを振りまわしたので、バッサリ大蛇の頭を二つに切ってしまいました。
大蛇は、どすぐろい血をたらしながらのたうちまわっていましたが、岸五郎どんは後をも見ずに、真青な顔をして家へ帰ってきて寝こんでしまいました。
四、五日すぎて、岸五郎どんが起きられるようになると、その晩からかみさんが大熱を出して苦しみました。しかし何日たっても良くなりませんでしたので、行者の婆さんをたのんで祈祷すると、大蛇の精があらわれて「岸五郎どんには一度ならず二度までもひどい目にあわされたので、弱いものの妻の方へたたったのだ」というので、なお、お祈りをすると、ようやく大蛇の精は消えてなくなりました。
後で岸五郎どんが、塩田山の方へ行ったときに大石のそばに、大蛇の骨が白骨になって散らばっているのが見つかりましたので、この骨を集めてお宮を建て、蛇神様(蛇竜権現)という名をつけて大蛇の冥福を祈りました。