むかし寺山のある家の娘が、ふとした事から平野の若い男と仲よくなりました。
寺山の娘も親たちが
「このごろ、チョコッ、チョコッといなくなるが、どこへ行ってんだや」
と聞くと
「用事があって、平野の友だちのところへ行ってんだってば」
と言ったりして、親をだましつづけて男と会っていました。この姿を見て、やきもちをやいたのは平野の奥山にすんでいた大蛇です。
そしてその晩から、平野の若い男そっくりの姿になって、寺山の娘の家にしのびこみ、朝方まだ暗いうちに娘と別れるという生活が続きました。
嫁は、いつも親たちが寝しずまってから、トントンと軽く戸をたたく男の手をとると「ゾッ」とするほど冷たいけれども、平野から山道を来るうちに、手足も冷えてしまうものと思って、むしろ遠い山道を苦にもせず通ってくれる男を、かわいそうに思っていました。
そうしているうちに、娘のおなかが大きくなりはじめ、とうとう親たちも娘の妊娠に気がつきました。
いよいよ娘の出産が近づいたので、親たちは世間体を恥じて、取り上げ婆さん(産婆)に、東泉の親戚の婆さんをたのみました。しかしそれが大へんな難産で、とり上げ婆さんが娘の腹をなでてみると、グニャグニャした縄のようなものが手にさわるが、時間が過ぎてもいっこうに生まれる様子はありません。
不思議に思ったこの婆さんが、あまりに苦しんでいる娘をかわいそうに思い、産室にたらいを持ちこんで、湯と水を入れかえて腰湯をつかわせました。
ところが急いで汲んできた水の中に、蛙が汲みこまれたらしく、たらいに入って苦しがってピョンピョンはねる蛙をみると、お腹の中の蛇の子は、本性たがわず「ゾロゾロ」とはい出して、産婆さんが「アリャ、まあ、アリャまあ」と叫ぶ声も終らぬうちに、たちまちたらいいっぱいになりました。
娘は、一目これを見ると「キアーッ」という悲鳴をあげ「ウーン」と言ったとたんその場にひっくりかえってしまい、親たちが物音に驚いて、産室に入ってきて娘を抱きおこしても、とうとう息が絶えてしまったということです。
おこった娘の父親が、これは山奥に住んでいる大蛇のいたずらに違いないと、娘の仇を討ちに出かけ、大きなほら穴にグウグウ高いびきをかいて眠っている大蛇を見つけ、ほら穴いっぱいに枯木を積みあげ、これに火をつけて、大蛇を焼き殺し、首尾よく娘の仇を討ったといいます。
※寺山という名を冠したのは、この話をききにいくにも不便なところを選んだこの話の作者の意図と考えたが、ぶどう状妊娠ということになると、実在の話らしくなる。