蛇の子を生んだ話

栃木県矢板市

昔、寺山の娘が、平野の若い男と仲良くなり、親にも秘密で逢瀬を続けていた。ところが、これに平野の山奥に住む大蛇が嫉妬し、その若い男そっくりになって娘の家に夜通う、ということが続いた。そうしているうちに娘のお腹が大きくなり、親たちもそれに気がついた。

世間体を恥じて、産婆を親戚の婆さんにたのんだが、大変な難産となった。婆さんが娘の腹をなでると、グニャグニャした縄のようなものが手に触るが、一向に生まれる気配がない。苦しむ娘を不憫に思った婆さんは、たらいを持ち込んで、娘に腰湯をつかわせようとした。

ところが、急いで汲んだ水の中に蛙が汲み込まれており、お腹の蛇の子が本性たがわずゾロゾロとはい出してきた。婆さんが驚き叫ぶうちにたらいは蛇の子でいっぱいとなり、これを見た娘は悲鳴をあげるなり気を失い、間もなく息が絶えてしまったそうな。

怒った娘の父親は山奥の大蛇の仕業と仇討ちに出かけ、大きな洞穴で寝ていた大蛇を見つけ、火攻めにして焼き殺したという。

矢板市郷土文化研究会
『矢板の伝説』より要約

特異であるのは、それが直截に蛇が来るのではなく、もとは平野の若者という人間の恋人がある娘のところに、その若者に化けた蛇が来るところだ。これはなかなかに興味深い話運びといえる。

これらも、現実の出来事をある意味糊塗した伝説、といえるのだろうが、一方、愛しい人に化けて蛇が来るというのは、遠く肥前の風土記の昔からある話でもある。簡単に「こんな話を作り上げて」では済まない可能性はある。