塚崎の田圃の西寄りに、中谷という広い湿地があった。一帯に雑草が生い茂り、犬でも通れないくらいで、村の草刈り場になっていた。この湿地帯のほぼ中央に、自然にできた小堀が南北に通り、赤い水が流れて、イモリや赤ドジョウが泳いでいた。堀の中ごろ、やや南よりに、十アールばかりの池があった。この池には蛇がすんでいると伝えられ、「小蛇(おじゃ)が井」と呼ばれて、近寄るものがなかった。
今から百年ほど前のことだが、塚崎の山中なにがしは、粟の宮の大橋三右衛門の剣道道場へ通っていた。ある日の夕方、道場の帰りに、暗くなりかけたので近道をして、小蛇が井のそばを通りかかった。
すると、ガサガサ草むらが動き、生ぐさいにおいがするので、ふと見ると、三メートル余もあろうかと思われる蛇が赤い舌を吐いて向かってくる。驚いて、いっさんに逃げ帰った。それがもとで、長い間寝こんでしまった、という話が残っている。