大蛇退治

原文

これは、江戸時代の末のころの話である── 。

下生井に、小川吉右衛門という人がいた。たいへん気性が激しく、そして、鉄砲の名人だった。赤麻(あかま)沼のカモどもさえ、彼の顔をみるとすくんで飛べなくなる、といわれたほどだった。

あるとき、村人が息せき切って彼の家へやってきた。喜沢街道に数メートルもある大蛇がとぐろを巻いていて、人も通れず、付近の家々は、こいつに入られてはたいへん、と雨戸を釘づけにする始末だという。

「吉えもんさんの鉄砲ならでは、あのウワバミには歯が立つまい。」

冒険の好きな吉右衛門は、それならば、とさっそく鉄砲を肩に現場へかけつけた。なるほど見事な大ウワバミだった。近所の人々が、物蔭からこわごわのぞいていた。彼は勇気百倍、ゆっくりとたまをこめ、ねらいを定めた。ズドンと一発、たまは脳天に命中したらしく、大蛇は狂ったように二、三度胴体をくねらせたが、すぐ静かになった。固唾を飲んで見守っていた人たちが、いっせいに喚声をあげてかけより、ちょんまげをゆったスサノオノミコトを取り巻いた。

吉右衛門は意気揚々と引きあげたが、荷車を借りて、その日の大きな獲物を持ち帰ることを忘れなかった。うわさを聞きつけて、見せ物にしたいから、と香具師が大蛇を買いにきた。彼は頭と胴とを切りはなし、胴体だけを三両で売り、頭は焼酎がめにつけて、記念のために倉の中にしまっておくことにした。

──いつのことか、この大蛇の頭は、忽然として消え失せてしまったということである。〔原話 尾島利雄〕

栃木県小山市郷土文化研究会『小山の伝説』
(第一法規出版)より