蛇をまつった長持

原文

安永のころ日光奉行となった天野山城守康幸が、日光在戦中のことです。神領の今市というところで、長持が売りに出されたが、誰一人として買い求めようとする人がありませんでした。

そのいわれを尋ねたところ、元々御神領のうちの在郷であるためか裕福な家でした。その家では、役長持を大切に所持していましたが、身の上は余り宜しからず、何とかお大尽になろうと願い、その長持を買い受けたところ日増しに繁栄して、今では、裕福な家になったそうです。

ところがこの度、なぜその長持を手放し売ろうとするのか全く訳が判らないので趣意を質したところ、その長持の中に三尺ばかりの蛇を飼い置き、毎日食事を与え、特に大変なことは、二ヶ月か三ヶ月に一度、必ずその主人が長持の中に入り、布で蛇の惣身を綺麗に拭いふき掃除をしてやらなければならず、これを嫌ってはならないので他人に譲りたいとのことです。

富貴になることをもとめ願う時は、そのようなことも出来たけれど、かの御神領の者とかいう人に譲ったのは、ある年その妻が懐妊して出産したところ蛇を産み落としたので、恐ろしくなって、他人に譲ったとの噂があったが、本当かどうかは、証しがないので判りませんでした。

渡邉武雄『聞き覚え いまいちの伝統と昔話』より