竜の尾塚

原文

上都賀郡清洲村(現粟野町)北半田の北方、片町と境したところに一小丘がある。この丘については古くから面白い神戦物語が伝えられている。

昔のこと、この付近が毎日の日照のために田が割れ畑が乾いて、野にも山にも青色が失われる大旱魃(ひでり)の訪れたことがあった。

その頃の出来事であるが、天を掩うて何処からともなく水に渇した一大竜神が現われ、小倉川の瀬に下り立ったそうである。

この物凄い有様を眺めた人々は、右往左往して逃げまどい、その恐ろしさに生きた心地もなかった。血なまぐさい風があたりに満ちて天日ために暗く、嵐のような風が空を荒れ狂った。

人々はただ恐ろしさにわなわなとふるえながら、ひたすら神仏に加護を求めて祈願をこめるよりほかに道がなかった。

この時であった。小倉川の淵瀬が急に動き出したかと思うと、波が高くまき起り、たちまち天地震動して、水の中から金色燦然たる竜神が現われ出た。

小倉川の竜神は人民の危難を救うべく、その姿を現わしたのであったが、当然、二竜神の間に激しい争闘が起らねばならない形勢となった。

小倉川の竜神はみるみる水を出て空に上ったが、これを眺めた先程の竜神は大いに怒り、水煙を高くあげつつ水を出た。かくて朦々たる黒雲の中にすさまじい竜神の戦が始まった。

大格闘はしばらくつづいたが、やがて先の竜神は耳をつんざくばかりの唸り声とともに、戦い破れた巨体が二つに分れて地に落ち、小倉川の竜神は悠々として再び天降ってその深淵に帰った。戦死した竜神の血にまみれた頭は対岸の磧に、その尾は現在の丘の処に落ちて冷たくなったそうである。

この丘はその後、改めて築かれたもので、人々はこれを竜の尾塚と呼び、長く竜神の霊を祀ることになったという。

小林友雄『下野伝説集 追分の宿』
(栃の葉書房)より