糠塚山の蛇娘

栃木県鹿沼市

昔、糠塚山の近くに住む平六が、いつものように狩りへ行こうとすると、妻のおみねが今日はやめるように言った。平六が大蛇に呑まれる夢を見たのだという。しかし、いつにない上天気に、平六は気にするなといいおいて、糠塚山へ狩りに出かけた。

その日は面白いほど獲物が獲れ、平六は昼も食わずに追い続けた。そして、ようやく一息入れ、西の山に黒雲がかかるのを見た。亡き父がそれは凶兆であると言っていたのを思い出し急ぎ山を降りようとしたが、その時落葉を踏む音が聞こえ、美しい着物姿の娘が山を降りてきた。

平六が忍びながら追うと、娘は沼のほとりで立ち止った。そして、その水面に映った姿を見て、平六は驚き声をあげてしまった。映っていたのは大蛇の姿だったのだ。気付いた娘は、命乞いをする平六に、他言をしなければ命は取らない、と言った。さらに、その約束を守るならば、平六が飲むときには沼の水を酒に変えてやろう、という。娘の姿が消えた後、沼の水を飲むと、それは確かに酒であり、平六は酩酊して家に戻った。

明けてまた沼を探しに行く平六をおみねは心配して止めたが、平六は訳も話さずに出かけてしまうのだった。そもそも糠塚山をくまなく知る平六が知らぬ沼があったことが不思議だったが、山中娘に再会した平六は、娘が日に一度水を飲みにここに来ること、その時だけ沼が出現するのであることを教えられた。そして、平六はまた沼の酒を飲み、狩りの獲物もないままに酔って帰った。

一方後日、心配のあまり跡をつけたおみねは、平六が山中若い娘と会っているのを見、逆上して二人を刺殺してしまった。直後、瀕死の平六からわけを聞き、死んで大蛇の姿を現した娘を見たおみねは、悲しみのあまり平六の亡骸を背に、沼に身を沈めたという。

小杉義雄『鹿沼のむかし話』
(栃の葉書房)より要約

長いので端折ったが、初日の狩りの最中、凶兆に帰ろうとする平六は大鹿を見つけ、一矢手応えを得るも行方を見つけられなくなる、という場面がある。正確にはそのあとで娘が出てくる。あるいは鹿と蛇の話でもあるのかもしれない。

場所は鹿沼市の、JR鹿沼駅北東側の小山が舞台と思われる。糠塚山は例の米糠が積もったの伝があるところだが、糠というからか酒にまつわる話が多いのだという。そのようなわけで、蛇娘が酒の泉をもたらすという、このような珍しい話も見える。

話は竜宮の宝が山中の酒と代わったような構成で、話せばただですまない、というモチーフが語られる。ただし、話して死ぬ、という典型ではなく、妻の手によって蛇娘もろともに刺されて幕という惨状を呈するが。

いま一つ比較できるような話を知らないので現状はその筋を見るのみだが、ひとつ気になるのは、蛇娘が山の神に近い存在のように思える点だ。蛇除けのまじないで、山の女神「やまたつひめ」を「やまたつへみ」と蛇のようにいう事例は鹿沼のものだった。