お小夜沼

栃木県栃木市

花見が岡にお小夜沼という小さな沼がある。昔は森の中の神秘の沼だった。承久の頃、あたりに太吉とお小夜という夫婦がおり、仲好く暮らしていた。お小夜は気立てがやさしく、鄙にはまれな美人だったが、ふとした風邪から病みつき、いつまでたっても良くならなかった。

太吉は医者よ薬よと看病したが良くならず、この上は弁才天のお慈悲にすがるしかない、と二十一日間の願掛けを行った。お小夜に知れると気をもませると思い、太吉は寝静まった深夜に弁天へ日参した。ところが、その二十一日目満願の夜に、ふとお小夜は目が覚め、家を抜ける夫に気が付いてしまった。

深夜の外出を不審に思うあまり、お小夜は太吉が病の自分に愛想を尽かし、外に女を作ったのだと考え、立てるはずもない重態の身を起こして、太吉を追った。糸のように痩せ、髪を乱したお小夜は、嫉妬の一念で遠ざかる太吉を追い、弁天の社に至った。

そこでお小夜が見たのは、泣かんばかりにひれふして、お小夜の平癒を祈願する太吉の姿だった。お小夜はその尊い姿を見、一時でも疑った自分の不甲斐なさを悔いた。そしてふと沼の面に写る自分の姿を見た。月に照らされたその姿は、見るも恐ろしい大蛇となっていた。

驚愕のあまりお小夜は沼に飛び込んでしまい、主の蛇となった。それより村人たちは沼をお小夜沼と呼ぶようになったが、これにて物狂ったお小夜蛇は、血を喜んで人畜を害することしきりとなった。この時、八島明神の請託によりこの蛇女を御済度遊ばれたのが、親鸞上人である。

親鸞は蛇女成仏の奇瑞を現わし、これに満足して、お小夜沼の水を鏡として自分の像を彫刻せられ、弟子の順信に伝えられた。「花見が岡大蛇御済度満足之御真影」といい、宇都宮の安養寺に安置されるものという。また、同寺にはこの時お小夜蛇が献じた「大蛇の爪」なるものも伝わるという。

小林友雄『下野伝説集 あの山この里』
(栃の葉書房)より要約