鷲明神と七色の沼

原文

山川沼の東北、粕礼地区には天日鷲命を祭神としてお祀りしている「鷲明神」があります。このお社には、山川沼の主であった大蛇が、臍の宮あたりに落としたと伝えられる蛇のしっぽが今も宝物として残されています。

天日鷲命はもともと忌部氏の祖先でしたが、その子孫である天富命が、はるばる安房の国からこの坂東に移り住み、穀木(ゆうき)をあちこちに植えるとともに、鷲神社を方々に祀りしました。そのためこの地方一帯が「ゆうき」と呼ばれるようになったとも言われています。

さて、その粕礼の鷲明神には、今も不思議な言い伝えが残されています。

昔、山川沼のほとりに建てられた鷲明神の境内には、ひとつの小さな池がありました。池の名前も今となっては分かりませんが、それはそれはきれいなわき水をいつもたたえていたそうです。

そんなある日のことです。その日は酉の日でしたが、たまたま明神様のお社にお参りするおばあさんがおりました。

「明神様、明神様、今日もおまいりにまいりましたよ。」

ぱんぱんと柏手をたたき、深々と社に頭を下げると、ばあさんはもと来た参道を鳥居に向かって歩き出しました。するとその時、木の間から何かがぴかりと光りました。

「あんれー。なにが光ってるんだべ。」

恐る恐る近づいてみると、いつも見慣れた池の水が、日差しを浴びて瑠璃色に光り輝いております。ばあさんがその美しさに見とれていると、やがて瑠璃色の池の水は少しずつ色を変えはじめ、まもなく深い群青色に染まりました。

「たまげたな。水の色がかわっていくなんて、いってえなんだんべ。」

不思議な光景に、ばあさんはしばし我を忘れて見とれていました。水の色はその後、朱色や橙色などをふくめて、しまいには七色に変化しました。

それからほどなくしてこの鷲明神の池のうわさは、村中に広まりました。すぐに大勢の村人が境内にどやどや押しかけましたが、池の水はいつもと同じでなんのかわりはありません。

「おらたち、ばあさんにだまされたんとちがうんか。」

いつまで待っても池の水が変わらないことに、村人たちは腹を立て始めました。

「なにかの見間違えじゃなかったんか。そんな、奇妙なことあるはずなかんべよ。」

そんなことを言い出し始めると、ひとり、またひとりと池のほとりを離れていきました。納得できないのは、ふしぎな出来事を間近に目にした例のばあさんです。

「ぜったい、おらは見たんだって。池の水が七色に変わったんだってばよ。」

しかし、その言葉に耳を貸すものなど誰もおりませんでした。しまいには村の衆から、嘘つき呼ばわりされる有り様です。腹の虫がおさまらないのはばあさんの方です。次の日から、来る日も来る日も鷲明神に通いつづけ、じぃーと池の水をのぞき込みました。

それから何日かして、また酉の日がやってきました。明神様に通い出して、早十日が過ぎようとしているのに、昨日まで池の水はちっとも変わってくれません。その頃には当の本人までが「もしかすっと、ありゃあ、おらの見間違いだったんべか。」と思いはじめるほどでした。

あきらめかけたばあさんが、その日もいつも通り池の水をのぞきこむと、摩訶不思議、鷲明神の池の水は、ふたたび七色に光り輝いておりました。

「ま、まちげえじゃなかったんだ。おらは嘘つきじゃねえ。」

すぐばあさんは家にもどり、周りの者を大勢引き連れて参りました。はじめのうちこそてんで相手にしなかった村人たちも、みずから七色に光り輝く池の水を目の当たりにして、鷲明神の池の水が酉の日だけ七色に変わることを、この時初めて知ったということです。

昔々のお話です。

平岡雅美『八千代の伝説と昔話 下』
(八千代町教育委員会)より