やけどの薬を買いにきた美女

原文

稲敷市役所桜川庁舎(同市須賀津)の東方、浮島に通じる県道の右側に「須賀津の弁天様」と呼ばれる弁天堂があります。

正確には、清福寺境外社弁天堂といい、弁財天が祭られています。むかし、弁天堂の周辺はカヤが一面に生い茂る湿地帯でした。

その当時、家の屋根を葺くのにカヤは欠かせないものでしたので、春先、新芽が出る前に行う「野原燃し」は重要な年中行事でした。枯草を焼き払うと、その後に良い芽が出て上質のカヤがとれるからです。

弁天堂周辺の野原燃しが済んだ早春のある日、佐原(現在の千葉県佐原市)の薬種問屋に絶世の美女がやけどの薬を買いにきたのです。

店の者たちは皆、その女の人のあまりの美しさに言葉を失い、ただうっとりと見とれるばかりでした。

「こんなきれいな人、見たことがない。いったいどこの人なのだろう。」

しばらくして我に返った店の者たちがあたりを見渡すと、すでに女の人の姿はありませんでした。ただ、立ち去った跡が水で濡れていたのです。

不思議に思った主人が、小僧にその跡を追わせたところ、濡れ跡は須賀津の弁天堂の前まで続いていたというのです。

それを聞いた人々は、「この世のものとは思えないあの美女は弁天様だったのか。」「野原燃しでやけどをした弁天様が女の人の姿になって薬を買いにきたに違いない。」とうわさしあいました。

やがて、この話は近辺の村々まで伝わり、人々はますます信心を深めたということです。

 

参考資料

「桜川村史考」Ⅱ・Ⅳ・Ⅵ(桜川村教育委員会発行)

「茨城県の民話と伝説」〈上〉ふるさとの自然と動物(藤田稔著)

朝日新聞茨城版『いばらきの昔ばなし』より