笠間市の南に吾国(わがくに)山という山がある。むかしむかしそのふもとに太平夫婦が住んでいた。
この夫婦には、子どもがいないので、「どうぞ子どもをお授け下さい。」と神や仏に祈り続けていた。ところが、ある夜、吾国山の神様が夢まくらに立って、
「望みごとあらば三七、二十一日間日参せよ。」
と、おつげがあった。日参のかいあって、一人の女の子が生まれた。
喜んだ夫婦は、その子を抱いて吾国山にお礼参りに行く途中、ふもとの池の近くで大蛇と出合った。大蛇は一口に子どもを飲み込もうとした。驚いた夫婦は、
「お願いだからこの子の命はお助け下さい。この子が成人するまで私たちにお預け下さい。」
と、大蛇に嫁入りの約束をしてしまった。
やがて娘が成人して、大蛇に嫁入りさせる日が来た。泣き悲しんでいる両親に娘は、
「嫁入り道具に千個のふくべと千本の針を用意して下さい。」
と頼んだ。ふくべの中には一本づつ針を入れた。
村人たちに送られて、池のそばまで来ると、大蛇がどこからともなく現われた。娘は、
「私は約束どおりあなたのお嫁になります。その前に、私のたった一つの願いを聞いて下さい。ここにふくべがあります。これを全部池の底に沈めてくれませんか。」
と、頼んだ。
そして娘は、ふくべを池に投げ込んだ。大蛇はふくべを水底に沈めようと懸命になった。一晩かかっても沈めるそばから、ポカリポカリと浮き上ってしまい、一個も沈めることができなかった。東の空が明るくなるころ、大蛇は疲れ果てて、ふくべの中の針で体が傷だらけになって死んでしまった。
娘は無事に両親のもとに帰り、幸せに暮したという。(熊倉勇「蛇の伝説」)