稲田姫の好井

原文

稲田姫神社の奥の宮に、大きな椎の木があって、「百枝の椎の木」とよばれている。

この椎の木の下に「好井(よしい)」といって、清水のわきでるところがある。

昔、この付近の者が水を汲もうと、好井をのぞくと、水面に女の姿がうつっていた。びっくりして、急いで近くの家の主人に知らせた。主人も不思議に思って来て見ると、若くて美しく、どことなく高貴な方のように見えた。おどろいた主人は、おそるおそるどこから来られたのかを問うた。

「私は素戔鳴尊の妃、稲田姫である。この地の神となること久しい。お前たちの先祖も、私につかえてきた。私はいま天から降りて、ここに住もうと思う。だから父母の祠と、わが夫妻の宮を作り、好井の水で酒を造り、私たちにささげなさい」とおおせられた。これは奥の宮にまつわる話で、今も好井の水はつきることなく清らかにながれ出ている。(『聚成笠間誌』『稲田姫神社縁起』から)

笠間文化財愛護協会『笠間市の昔ばなし』
(筑波書林)より