稲田姫の大蛇退治

原文

むかし、真壁郡の山田村に、山田の大蛇(おろち)と呼ばれていた大盗賊が住んでいた。多くの手下を従え、付近の村々に出かけては、物や婦女をぬすむので、近在の農民たちはおそれていたが、だれひとり大蛇を退治する者はいなかった。大蛇は、まわりに美しい女の人がいなくなると、稲田に住む稲田姫に目をつけた。

ある日、大蛇は手下を集めて、稲田姫を連れて来たものには、黄金三十枚をほうびに与えると約束した。だが、姫のいる館は、周囲を土べいで厳重にめぐらし、夜となく昼となく家来が見張っていたので、賊どもはなかなか近づくことができなかった。頭の大蛇は、

「意気地のないやつらだ。よし、おれがはかりごとを考えて、つかまえてみせる」

といって、自分の家につかっている女をひとり、稲田姫のいる館へしのばせることにした。

ある夜、館の家来たちを酒で酔わせ、うまく館の中に入り込んだ女は、姫の目前に現れた。「わたしは、そち達の思う通りにはならぬぞ、さがれ」と、姫はなかなかさそいに乗らない。この機を逃がしたら二度と姫を奪うことができないと、女が合図の笛を吹くと、どこからともなく大蛇が姿を現し、姫をつかまえようとした。すると、稲田姫は、すっくと立ちあがるや宝の刀を抜いて、一刀のもとに大蛇を切り殺してしまった。

この姫は、祭神としてまつられてある稲田姫だったといわれている。

笠間文化財愛護協会『笠間市の昔ばなし』
(筑波書林)より