稲田の大古山付近に、むかし高坂城という城があった。そこの殿様には七人の子どもがあったが、どういうわけか、そのうちのひとりの娘が全身真白で、俗にいう「白っ子」であった。それで殿様はこのかわいい娘をなんとかして普通の娘になおしてやりたいと考えていた。
ある時、占い師を呼んでこのことを占なわせたところ、
「十九になる娘の生き肝を飲ませれば必ずなおります」
と答えた。殿様は娘の白っ子をなおしたい一心で、信頼するひとりの侍に十九の娘の生き肝を取って来るように命じた。
その侍はたいへんなことになったと思ったが、殿様の命令であるからどうすることもできず、ついに心を鬼にし、そしらぬふりをして大勢の腰元の中から十九歳の娘を探し出した。侍はかわいそうには思ったが、ある晩その娘をうまくだまして、山の中に連れ出した。ちょうちん消しというところまで来た時ちょうちんを消し、闇の中を娘の手を引いて酒飲み台まで来た。ここでその娘に酒を飲ませ、酔のまわったところを見定めて、生き肝を抜き取り城に帰った。
殿様はさっそくその生き肝を娘に飲ませたところ、見るまに白っ子がなおり、ほの白さの中に桜色をさした絶世の美人となった。殿様はたいへん喜んでその侍にたくさんのごほうびを賜わった。
ところがそれから後は、殿様は毎晩のようにうなされたり、夢の中に若い娘の亡霊が出てさんざん苦しんだ。また、生き肝を抜いた侍は気が狂い、腰元たちの中には病気をわずらう者が後をたたなかった。困り果てた殿様は、殺された娘のたたりであることに気がつき、お詫びのしるしにお堂を建ててねんごろに弔った。それから殿様はおそろしいたたりを避けることができたといわれている。
大古山の川のほとりには、今でも高坂ぜきというところがあり、その近くには「きもなし弁天」がまつられている。また、ちょうちん消しや酒飲み台という地名も残っている。(昭和四十七年、稲田小四年磯満採話)