白蛇になった鯉

原文

むかし、大晦日もせまった雵降る夕暮のこと、椎木村(今の石下町椎木)のある若者が、病床の父親に鯉を喰べさせて親孝行しようと思った。そこで四方八方鯉を探し求めたが、どうしても手に入らない。途方にくれ、古戦場として知られている蛇沼の端にたたずんでいると、パシャリと水音がして大きい鯉が跳ね上った。若者は「しめた!」とばかり早速投網を打って鯉をつかまえた。それだけでよせばよかったのに、つい欲が出て、それからも何回も投網を打って何尾かを捕えた。

やがて意外な手応えがあり、巨きな鯉がかかったので「しめ、しめ」とばかり編みを手繰り寄せようとしたところ、意外にもまたたく間に巨大な白蛇に変り、とぐろをまいて真赤な舌をペロペロ出しながら、鎌首をもちあげて「があっ」とばかり迫って来たからたまらない。若者は腰を抜かさんばかりに驚いて家へ逃げ帰り、布団を引っかぶって「勘弁してくろ、勘弁してくろ」と泣きわめいたあげく、とうとう頭痛鉢巻で寝込んでしまったという。親孝行どころかかえって看病される破目になったが、これも欲張りが過ぎて、おそらく沼の主が臍をまげたのであろう。

このような伝説をもつ沼も幾星霜を経た今では、境内にわずかにその片鱗をとどめるに過ぎないが、白蛇の話は絶えることなく、ときどき「路上に這い出しては驚かさせられた」とは、古老たちの炉辺談話である。

『茨城の民俗18(蛇・竜の民俗特集)』
渡辺義雄「蛇の伝説」より