むかし、荒川沖に大金持の家がありました。米蔵、お膳蔵、衣裳蔵というように、屋敷の中には、いくつもの蔵が並んで建っていました。
その家には、きれいなきれいな娘がいました。娘は、一年ごとにその美しさを増し、娘ざかりの十八才を迎えました。
ある時、その娘はたんすや長持の入っている蔵の中にひとりで入って行きました。いつもならば、母親かねえやが必ずいっしょに入って、季節の着物をたくさん選び出すのでしたが、どういうわけか、その時ばかりはひとりで入って行ってしまったというのです。
今日はどの着物を出してみようかと、考えながら二階への階段を上がって行きました。階段もあと一段で終わりという所で、ひょっと顔をあげると、たくさん並んでいるたんすの前に若い女がひとり立っていました。
それはそれは、今まで見たこともないほどの美しさ、すらりと背が高く、色はぬけるほどに白くて、背中にたらした長い髪は、黒々と光っていました。丸い花柄の着物は、ぞっとするほど冷たい青い色でした。そして、切れ長の目には恐ろしいほどの力があって、じいっとこちらを見ていました。
娘は、その大きな目に見つめられると、しばらくは息もつけないほどで、身動きなどはとうていできませんでした。
村一番の器量よしといわれている娘と、蔵の中の美人はしばらくの間だまって見つめあいました。
どれほどの時間が過ぎて行ったことでしょうか。娘は、やっとの思いで蔵から出てきましたが、体中の力がすっかりぬけて具合が悪くなり、その夜からとうとう寝こんでしまいました。
そして、二度と起き上がることもできないまま、とうとう若くして死んでしまいました。
これは、あとになってわかったことですが、蔵の中の美人というのは、実は昔からその蔵の中に住みついている蛇だったということです。
何とも不思議なことですが、若いのに可哀想なことをしたものです。
そんなことがあってからというもの、その村では、若い娘は蔵の中にひとりで入ってはならないということになったそうです。
(話者 石塚林之助・筆者 岡部智子)