無所だめの大蛇

原文

むかし、蛇とりの男がいました。どんな蛇でも捕まえてしまう名人でした。

「無所だめに大蛇がいる。恐くて近づけねえ。」

こんなうわさが蛇とり名人の耳に入りました。無所だめは、いまの三夜さん(松本町の桂岸寺)の奥にありました。

「よし、おれが捕まえてやる。」

名人はその無所だめに行ってみました。うす暗い谷になっていて、気味悪いところでした。そこで笛を吹きはじめたのです。

ピーヒョロヒョロ ピーヒョロヒョロ

美しい笛の音が、谷いっぱいにひびきわたりました。

しばらく吹いていると、無所だめの水面がざわめき、それはそれは大きな大蛇が現れたのです。大蛇はそろそろと笛を吹く名人に近づいてきました。

「捕まえるのはいまだ。」

と、思った名人は、蛇とりの縄を蛇の首めがけて投げつけ、しばりつけてしまったのです。

名人は捕まえた大蛇を、どうしたらよいか考えました。よく見ると、大蛇は子どもをはらんでいるではありませんか。名人の顔色が変わりました。

「そうだ。おれの女房も妊娠しているんだ。」

こう気づいた名人は、大蛇を殺す気持になれません。しばらく考え迷ったのち、しばりつけた縄をほどいてやりました。

「無事に赤ん坊を生めよ。ここにいると、人間が恐しがるから、那珂川にでも行きな。」

と、大蛇を放しながら叫びました。大蛇はうれしそうに水にもぐって行ったのです。

その後、無所だめから那珂川に通ずる草むらに、大蛇のとおったような跡があったそうです。多分、名人の言ったとおり那珂川にうつっていって、無事に子どもを生んだのでしょう。

話者 鈴木新(東野町)

藤田稔『水戸の民話』
(暁印書館)より