おねこさま

原文

昔々、新地町の杉目は、杉目村って言ったんだと。

杉目村にはお蚕様の神様を祀った大槻神社があって、昔から農家の人たちの信仰を集めていたんだと。

その頃の杉目村は養蚕が盛んで、他の所と比べると、暮らしがちっとばかり良かったんだと。蔵には米もいっぺあったと。

お蚕さんが大きく育つと、繭つくっからない。そうなっとお蚕さんを部屋中に広げてそれでも足りなくて、屋根裏までも広げて繭にしねばなんねぇ。

そのとき一番困るのが、ネズミにお蚕さんを喰われてしまうことなんだと。

また秋になると昔は米などは、俵さ詰めて納屋さなんて置いたもんだから、ねずみに喰れてしまって、これまた困るんだと。

そういう時には大槻神社にお参りして

「おねこさまをお借りしてぇ」

って、お願いしてくると、お願いした人が、家に帰りつくよりも早く、おねこさまがその家に来てねずみを退治してくっちゃと。

ほんでも、お参りしてから振り向くと、おねこさまは姿見られたと思って、すぐに神社に帰ってしまうんだと。

ほだがら、お参りしたら家に着くまで、絶対に後ろを振り向いちゃなんねぇんだと。また途中で他所の家により道なんてすると、おねこさまがその家に居ついてしまうから、寄り道なんぞしねでまっすぐ家に帰らねぇばなんねぇんだと。

「おねこさまっちゃなんだべ」

って不思議に思った人が、いたったと。

納屋の一番上のワラダにお幣束を立てておいたれば、そのお幣束が無くなっていて、その代わりにずねぇ青大将がとぐろを巻いていたったと。

それからまた、別の人が

「せっかくおねこさまを借りてきても、お姿が見えねぇんでは心もとねぇ。なんとかお姿を見せてください」

って拝んで、家さ帰ってみたれば、神棚にずねぇ青大将がとぐろ巻いていたったという話もあっから

「おねこさまっていうのは青大将のことだべ」

って言う人もあるんだが、その辺りのことは、よっくとはわがんねぇんだと。

ほんでも、屋敷うちにいた青大将は、大事にしたんだと。

新地語ってみっ会『新地の昔話』
(新日本文芸協会)より