弁天様の話

原文

むかし。

忠兵衛さんという漁夫がいだと。毎日海さ行って、磯釣りをしては獲っちゃ魚を売って暮らしていたんだと。年をとっても、子どもがいなかったがら、たったひとりで小さな家さ住んでいたど。

ある大しけの晩のごと、海っぱたの弁天様のお堂さお詣りに行ったど。ほして、石段上って行ったら、弁天様の足元さ、小んちぇカゴが置いてあったど。ほうしたら、ほの中さコモ敷いで、可愛い女子(おど)が寝ていたど。はてな、と思って抱き上げてみだと。ほしたら、うんと可愛い子で、スヤスヤど眠っていたど。

そんとき、忠兵衛さんはその子が欲しくなっちまって、

「ああ、これはいつも弁天様を信心しているおかげで、弁天様がお授けになったにちがいねえ」ど、思って、弁天様さ「いただきます」ど言って、蓑や笠で雨風にあたんねように抱いで帰ったど。

ほうして、大事に大事に自分の子のように育てだと。弁天様から授かったおかげだか、子どもをおぶって毎日のように漁さ行ぐどいづも大漁で、暮らしもだんだん良くなっていったど。

こうして暮らしているうぢに、ほの子も大っきぐなって玉のようないい娘になったど。ほうして隣近所の子供らど、薪(しば)とりさ、毎日、山さ行くようになったど。

ある日のこど、薪とってがら、みんなど離れて、山の下の方の沢っこになった、木のうんと茂ったあだりをポヤッと眺めでいたんだと。ほして、帰る時にはみんなど一緒に帰ってきたんだと。

ほの娘は、なんでか、山さ行ぐのがうんと好きで、ほのうぢ1人で山さ行ぐようになったど。

ほうしたら、ある日、娘がいなぐなったんだと。忠兵衛さんは、又、山さでも行ってるんだべと、思ってだげんちょも、夕方になっても、暗くなっても帰って来ねがったど。忠兵衛さんは気違えみでえになって、ほこらいっぺ探し回ったど。ほしたら、真夜中になって娘は帰えってきたんだと。

とごろが娘が言うには、

「山さ行って、沢っこの下さおりて行ったら、山小屋があったんだ。そこさ、とっても年寄ったばあさんが一人で暮らしていたんだ。おれを見っと、ばあさんうんと喜んで『泊まっていきなさい。可愛い子(わらし)だなぁ』って言って、お前はどこの子だと聞くがら『忠兵衛さんどこの子だ』って言って、自分の生まれ育ちをしゃべったら、『いい娘だな、いい娘だぁ』って、顔がらなにからなでて可愛がってくっちゃんだ。んでも、忠兵衛さんが心配すっと思って、引きとめられっちゃげんとも、無理無理帰ってきたんだ。心配かけだあー、ごめんしてくんよ。」

ど、言ったど。

忠兵衛さんもやっと安心して、

「ほんだら、ほんな可哀そうなおばあさんがいるんでは、行って慰めでやっぺ」

ど、言って、しばらくしてがら、娘と二人して、その小屋を訪ねで行ったど。

ほうしたら、あのばあさんはもう小屋さはいねがったど。どこさ行ったがはわかんねがったど。忠兵衛さんは、ほのばあさんはきっと、弁天様の化身にちがいないど言って、それからも弁天様をあつく信仰して、娘と二人で幸福に暮らしたという話だど。

おしまい

大熊町図書館『おおくまの民話』より