昔、忠兵衛さんという漁夫がいたが、子どもがなく、ひとり小さな家に住んでいた。ある大しけの晩、海っぱたの弁天様のお堂に行くと、小さなかごがあり、かわいい女の子(おど)の赤子が寝ていた。忠兵衛さんは、これは弁天様が授けてくれた子に違いないと抱いて帰り、大事に育てた。
赤子も玉のような娘に育ち、近所の子らと薪とりなど山に行くようになった頃のこと。娘は山に行くのが好きで、ひとりでも行くようになっていたが、ある日、夕方になっても暗くなっても帰らない日があった。忠兵衛さんは気が違ったように娘を探したが、娘は真夜中になって帰ってきた。
話を聞くと、山に行って沢に下りると山小屋があり、お婆さんがひとり暮らしていて、娘を可愛がってくれ、泊って行くようにひきとめられたのだという。しかし、娘は忠兵衛さんが心配すると思い、無理に帰ってきたのだそうな。
忠兵衛さんは、それならそのお婆さんを慰めに行こうと、しばらくして二人で行ったが、そんな小屋はどこにもなかったそうな。忠兵衛さんは、そのお婆さんは弁天様の化身に違いないと思い、それからも弁天様をあつく信仰し、娘と二人で幸福に暮したという。