蓋沼の怪

原文

今から千年ほど前、雀林の村に一人の美しい娘がいた。この娘は、顔形ばかりでなく姿も心も美しく、しかもとても親孝行だった。娘の家は貧乏だったから、春になっと毎日国見山越えて真奈板倉通って、その奥にある山まで柴刈りさ行がなんねがった。

真奈板倉には、青い水を満々とたたえた二つの古い沼があって、村の人たちはでっけい沼を雄沼、小さい沼を雌沼と呼んでた。雄沼の主は大亀で、雌沼の主は大蛇と言われていたど。

娘は柴刈りの帰りに雄沼のほとりさ来っと、沼さ我が姿を映して、乱れた髪や身だしなみを整えていた。

夏の暑い日は、人気がない沼に白い肌をさらして、沼の水で汗を流してから帰っていった。娘の水浴びする姿はまるで天女のようで、木の枝で鳴ぐ鳥たちも声を潜め、蝶々も舞うのを忘れで見とれるほどだったど。

沼の主の大亀は娘を見てるうぢに、すっかり恋にとらわれて、娘が来んのを首を長くして待つようになった。

ある年の旧四月八日のこと。娘は山仕事の帰り道、雄沼のほとりさ来っと、いつものように帯をほどき、着物を脱ぎ腰巻一つになって、沼の水で汗を流した。その様子を、沼の底から見詰めていた大亀は、もう我慢できなくなって、あっという間に裸の娘を抱え、沼さ引きずり込んで、自分の住処さ連れ去って行った。

しばらくして、娘が身につけった腰巻きが沼の上さポッカリと浮がんで来たものの、後は何事もながったかのように、しーんと静まり返っていた。

それっきり娘の行方は分がんなくなった。村では大騒ぎになったが、沼の主の大亀のたたりを恐れで、沼に近付く者はいなかったど。

こうして時が過ぎて、沼の上さ浮がんだ娘の腰巻の上に毎年落葉がたまって、草が生え花が咲いで、いつか浮島になった。その浮島は、沼のあっちこっちに動いでは段々でっかくなって、やがで沼の蓋のようになった。

それで、村の人たちはこの雄沼を蓋沼と呼ぶようになったんだと。(雀林)

みさと民話の会『会津 みさとのむかし話』
(歴史春秋出版)より