中村の蛇桜

原文

むかし、昔、中村での話しです。その頃は今の中村より家数はあったそうだ。その一軒の家で老婆が死期も間近になり、枕辺に集まった人々の見守るなかで帰らぬ人となってしまった。悲しみの中にも弔いの準備が進められ、葬式には幾十人もの人が参列して野辺の送りを済ませることになった。悲しみの参列が雨の中進んでいくと、その参列から二町も離れた樹木の茂った小高い丘にさしかかった時である。

いちだんと強い雨が降りしきり、風は黒雲をまいてあたりはにわかに暗くなった。とおもうとあたりの木立よりひときわ大きい一株の古桜があって太い枝に体を巻きつけさかさに下がった大蛇の姿が人々の目に入った。一丈にも余るおそろしく長い太い大蛇であった。その大蛇が真っ赤な舌をのぞかせ右に左に巨体をくねらせながら今にも老婆の棺をまきあげんばかりのすさまじさである。たとえようもない驚きにこれは一大事と先頭の和尚が一心に祈念唱名するがいっこうに通じない。ますます猛りに猛るばかりの大蛇の姿に、人々のなかには恐れおののいてにげ帰る人さえあった。とうとう恐ろしくなった人々は大蛇のいる丘を避け別に葬列の道をとり、夜ひそかに棺を埋葬したそうである。

これ以来、この土地の葬列はこの丘を避けるようになり今に続いているそうだ。これを伝えて「中村の蛇桜」といい、その後この当時の蛇桜の孫か曾孫の代の桜かわからないがその蛇桜の後を継いだ桜の木が倒れたことがあったがその形はまさに蛇桜の名のとおりの面影だったという。

あかべこさくら会『会津やないづの昔話』より