公卿ヶ渕

福島県河沼郡湯川村

天文年間、天文五年の白髪水で大川は一変し、薬師様の北西にあったという西般若寺の北には見渡す限りの大川が広がっていたという。当時、京の都から、薬師様の霊験を聞いた公卿が来られ、西般若寺裏の大川の渕を通った。釣道楽を持つ公卿は見事な渕に足を止め、供の伍助に大亀の主がいる亀が渕というのだと聞いた。

そこで公卿は伍助に釣竿を都合させ、地元の人は大亀を恐れて近寄りもしない亀が渕で釣りを始めた。すぐに大きな雑魚を釣り上げた公卿は満足げにさらに糸を投げたが、今度はなかなか引きがなかった。ところが、急に大きな手ごたえがあり、驚く公卿の前に、甲羅の長さが三尺もある大亀が現れた。

大亀はまた水中にもぐり、竿を強く握って離さなかった公卿は渕に引きずり込まれてしまった。騒ぎを聞きつけて村人が集まったが、もう青い渕は何事もなかったかのように静まり返っていたという。村人たちは亀の主がいて、竜宮城があるんだろうと噂し、渕を公卿(くげ)ヶ渕と呼ぶようになったが、今は整備されて跡形もない。

鈴木清美『湯川村の民話と伝説』より要約

霊験ある薬師様とは勝常寺の薬師像と思われ、西般若時というのも関係する寺だったのだろう。大川というのは阿賀川のこと。当時は洪水などで、勝常地区の北に阿賀川の流れたあった、という話だろう。