御拝殿の蛇

原文

磐梯山の翁島登山口の中腹に御拝殿があった。

昔、磐梯山は女人禁制の修業場であったので、女の人や足の弱い人や年寄りなどはその御拝殿から頂上の明神さまを遙拝した。

田んぼの害虫除けの虫札などもそこから受けてきて、持ち田の水口全部に立てたものだ。

昔、翁島の五十嵐という人は、篭細工を生業としていたが、足が少し不自由なので根曲竹を切りに山に登っても、家まで帰ると夜になるので、山で竹を切り、この御拝殿で竹を裂き、身竹を棄てて皮竹だけを持ち帰ることにして、この御拝殿に泊っていた。

或る夜のこと、

夜も更けたし炉の火も乏しくなったので、

「どーれ寝るとするか」

と、灯心をともしたまま、夜着にくるまり仰向けにゴロリと寝た。

なぜか眠りつかれないまま、みるともなしに天井の梁を見上げていると、「キラリ」と光るものがある。

「気のせいかな」と思い、目をこすってなおもよく目をこらして見上げていると、何と、梁の上から大蛇が見下ろしているではないか。

「アーッ!」

とおどろいてとび起き、外に逃げ出した。

夜の山道を、それも不自由な足をひきずって転びながら、やっとの思いで息せききって山を下った。

このとき、御拝殿は全焼し、その後再建せずに、いまはあとかたもない。

橋本武『猪苗代湖畔の民話』
(猪苗代湖南民俗研究所)より