磐梯山の大蛇

原文

大磐梯と小磐梯の間に「龍が馬場」というところがある。

昔のはなしだが、祢次村の鉄砲打ちがそこを通りかかると犬が狂ったように吠えだした。

近づいてみるとうす暗い谷にコケむした倒れ木が横たわっている。その木が動きだしたから鉄砲打ちがおどろいた。

実はいままでみたこともない大蛇なのだ。

それが、

「カッ」

と口をあけ、いまにもひと呑みにしょうとしている構えだ。

鉄砲打ちは鉄砲を向けることも忘れ、一目散にそこから逃げようとする。

しかし、石やヤブに足をとられて転倒し、大蛇に呑まれそうになった。

もはやこれまで、と犬をつかんで大蛇になげつけた。

その犬を呑む間に逃げようとしたのだ。

命からがら山を下り、家に帰ってみればこれは不思議、呑まれたと思った犬が先に家に帰っていた。

鉄砲打ちはそれから七日七晩も熱を出してうなって寝た。

やっとよくなって起きてみれば、犬がみえない。

いくら呼んでもさがしても見当らない。

鉄砲打ちははじめて己れの浅間しさを悔い、

「俺がわるかった、俺がわるかった」

と言って泣いた。

しかし、犬はそれきり戻ってこなかった。

橋本武『猪苗代湖畔の民話』
(猪苗代湖南民俗研究所)より