今から百四、五十年ほど前のことです。細布に留太郎という人が住んでいました。毎日山へ行って薪をとったり、草刈りに行って働いていました。ある夏の日のことです。延田の山奥に藤草を取りに行きました。その日に限って良い藤つるが見つかりませんでした。
留太郎はどんどん山奥へ入ってしまいました。自分の歩いてきた道も、わからない程山の奥深くまよいこんでしまいました。草木をわけながら、どんどん山の中を歩いていると、かすかな音が聞こえてきました。 すると大きな木の根のところに大蛇がとぐろを巻いて、いびきをかきながら眠っていたのです。留太郎はおどろいて、足がふるえ出しました。どこをどう走ったのか夢中で山をかけ下りました。家に帰っても口もきかずに寝てしまいました。家の人たちは留太郎が余り眠っているので心配しましたが、起きようともしませんでした。そして七日七晩も眠り続けたといいます。
後になって部落の人の話を聞きますと、延田の山奥に棲んでいた大蛇が、川越に出て御代田の五幸山の方へ行くのを見たということです。しかし五幸山の山火事の時、この大蛇はどうなったかと、みんなで心配したそうです。留太郎の見た大蛇は五幸山の主であった かも知れません。昔から五幸山では大蛇を殺してはならないといわれています。五幸山には、蛇をまつった祠もたくさん残っているのです。