蛇神の由来

原文

今から三百年前のむかしのことです。布川の村石にKという旧家がありました。たくさんの土地を持つ地主で、養蚕も他家より多く掃き立てたりするので、十数人の男女を雇って働かせておりました。その時、仙台に近い農村から来て下働きしていた女が、この村の若者と夫婦になってトヨという娘を産みました。トヨはだんだん大きくなって、まわりの人たちから大変可愛がられていました。素直な心で顔立ちも美しく、又利口な娘になりました。15、6オになると近くの若者から嫁にほしいという話がいくつも持ち込まれました。

しかしトヨはそんな話に少しも耳をかたむけようとしま せんでした。そして親にもまわりの人たちにも余り口をき かなくなりました。みんなはとても心配して、何とかトヨ女の心をときほぐしたいと思いました。そこでトヨ女と一番仲の良い梅か作のおせんという娘にたのんで、トヨ女の心のうちを聞いてもらうことにしました。おせんはトヨ女を呼び出して、心のうちを聞きただしました。ところが意外にもトヨ女が口ごもりながらおせんに打明けたところによると、トヨ女には毎晩お そく一人の美青年が訪ねて来て、しばらく遊んで行くうちに深い関係になって、結婚の約束もしていたことを告白したのでした。しかしその美しい青年は、名も言わずどこの者とも言わないので、トヨ女は心配で夜も満足に眠れないとの話でした。ことにその青年は美しい肌をしているがとても冷たい感じで、笑う時は凄いまなざしなので気がかりでたまらないとのことでした。おせんはトヨ女の話を聞いて何だか恐ろしい気持 になりました。そして二人で相談して、その青年の身元をよく調べようということになりました。そこで今夜来たらその青年に気付かれないように、青年の着物の裾に糸を縫いつけておいて、翌朝になってから二人でその糸をたぐって行けば、きっと青年の住み家もわかるだろうということになり、その晩青年の訪ねて来るのを待っていました。

やがて、その夜もいつものようにきまった時刻に、その青年がトヨ女の所に訪ねて来ました。青年はその 夜は今までになく青白い顔に何だか暗い表情をしていました。トヨ女は、青年が帰りかけた時何知らぬふりをして、青年の着物の裾にかな糸を縫いつけました。トヨ女とおせんは、翌朝その糸をたぐって行くと裏の大木の穴の中に消えて行ったので、二人はびっくりして顔を見合わせ、蛇の仕業であったことを知って今更ながら驚きました。その話を聞いた近所の人達は大勢集って来て、その穴に火をかけて焼き払いました。それからこの美青年は訪ねて来ませんでした。

しかし、それからのKさんの家には次々に不幸が続きました。誰言うとなく「蛇のたたりで悪事が重るのだ」という噂がたちました。そして村人達はこのたたりをなくすために、蛇神様をまつって供養したので、 それから難を逃れたといわれています。

webサイト「ふくしま教育情報データベース」
月舘町教育委員会『月舘町伝承民話集』より