御前淵の鮫と金の斧

原文

昔、木こりの爺が婆と娘と暮らしていた。爺は御前淵の傍で木を伐っていて、誤って淵に斧を落とす。困って岩の上にたたずんでいると、水中から一匹の大きな鮫が顔を出して、理由を尋ねる。一時は魂消た爺さんも一緒に探してあげようという鮫に誘われて水中に入る。中には立派な御殿があって、たくさんの鮫達が門に立って爺さん等の来るのを待っていた。座敷に通されて饗応を受けたが、やがて一匹の鮫が金の斧を持って来て、落としたのはこれかと問う。正直な爺さんがそうではないというと、次には銀の斧を出してくる。最後に汚れた爺さんの斧を持ってきたので、これだというと、鮫はその正直なのを悦んで、金銀の斧をも爺さんに与えた。月日が過ぎていよいよ帰る時、さきの鮫がもとの場所まで送ってきて別れに臨み、淵中に御殿のある事を人にもらすな、貴方の命がなくなるからと念を押す。家に帰ってみると、何時の間にか三年の月日は去って、自分の法要を営んでいるところであった。人々の驚きは大変なもので、寄ってたかって理由を問うので鮫に言われた事も忘れてしまい、今迄の話をはじめた。すると話が終わらぬうちに急に空が曇って大雨になって爺さん一人が流されて御前淵に沈んだ。ここに出てくる鮫は、鰐とも伝えられている。(『石城水の伝説』)

(いわき市川部町)

『日本伝説大系3』(みずうみ書房)より