御前淵の鮫と金の斧

福島県いわき市

昔、木こりの爺が婆と娘と暮らしていた。ある時、爺は御前淵の傍で木を伐っていて、斧を淵に落としてしまった。困っていると、大きな鮫が現れ、話を聞いて爺を水中に誘い、斧を探してくれた。水中には立派な御殿があって、爺は饗応され、やがて鮫が斧を持ってきた。

しかしそれは金の斧や銀の斧で、爺はそれは自分の斧ではないと言った。すると鮫は爺の汚れた斧を持ってきて、爺の正直さを褒め、金銀の斧もくれた。そしてまた饗応されたが、帰る時になって、鮫はこの御殿のことは決して人に言うな、言ったら命はないから、と言い含めた。

爺が家に帰ると、三年の月日がたっており、爺の法要が営まれていた。そして、生きて帰った爺に驚いた人々が寄ってたかって理由を問うので、爺はついに御殿の鮫のことを話してしまった。と、途端に大雨になり、爺が一人流されて御前淵に沈んでしまったという。鮫は鰐であるともいう。(『石城水の伝説』)

『日本伝説大系3』(みずうみ書房)より要約

御前淵の特徴としては、その淵で姫の織っている機、という部分が重要となるので(実際に川に機を流す神事が行われてきた)、斧のほうに焦点を当てるというのはあとから分かれてできた話だろう。

ところで、その点よりもこの話で気になるのは、爺さまの家族構成が冒頭語られているところだ。爺婆と一人娘が暮らしていた、と語る理由が続く話の筋の中に見えない。というより、この構成は明らかに娘に何かがあることを予告する構成である。