水の中に御殿のあった話

原文

鮫川流域の御前淵の話。昔々この近くに住む一人の樵夫が、ある日淵の上で木を伐っていたが、あやまって山刀を淵中に落とした。水はきれいで山刀は透いて見えるので取ろうとしたが、どこまで入って行っても手が届かず、思わず水底に達した。

見れば壮麗な御殿があって、美しい姫君が機を織っているところであった。樵夫を見て、「この所は人間の来るべき所でないのに何用あって来たか」と尋ねるから、山刀を落としたことを話した。「それなら返してあげるから主人に見つからぬうちに早く帰りなさい。そしてこの所の話は決して人に話してはいけない」と口止めした。その時大きな鼾が聞こえたのでその方を見ると、恐ろしい大蛇が眠っているところであった。

樵夫は恐れて急ぎ水上に帰ったが、自家では彼の命日だと言って法事をしているところであった。人々に聞かれてついに口をすべらしたとたんに雲が曇って、大雨降りそそぎ、彼の樵夫のみ流されてひとり御前淵の底に沈んだ。このことがいつとはなしに世間にも知れ渡り、機織御前の住む所の意味で御前淵と名づけたのだそうである。今に村人は唐黍の茎で機台をつくり川に流す習俗が残っているという。(磐城 p.37)

 

(いわき市・旧勿来町・女)

磐城……岩崎敏夫『全国昔話記録 磐城昔話集』三省堂1942

『日本昔話通観7』より