湖の主

福島県郡山市

明治四十二年の初冬のこと。横沢村川崎の人が、湖の波の音に混じって人の叫ぶ声を聞き、行ってみるとずぶ濡れの男が倒れていた。難破して浜に打ち上げられた仲間が浜にいる、と男は最後の力を振り絞って案内し、あと三人の息も絶え絶えの男たちも保護された。中浜のものだという。

火にあたり、飯を食わせてもらった四人の男たちは衰弱ひどく、すぐに正体もなく眠ったが、翌朝その次第が語られた。四人は朝中浜から舟を出したが、戸ノ口のほうから風が吹いて大荒れとなり、上戸に進路を取るつもりだったが転覆、以後実に十数時間地獄の責苦の漂流をし、横沢浜に打ち上げられたのだという。

そして、奇怪な話を打ち明けた。実は、二年前のある日、上戸に向かって行くうちに前方に岩が見え、慌てて舵を取ったところ、それは岩ではなく大赤亀であったという。猪苗代湖の主の大亀を見たものは三年以内に難船すると言い伝えられるが、その通りになったのだ、と男たちは語った。

橋本武『猪苗代湖畔の民話』
(猪苗代湖南民俗研究所)より要約

この話は、九死に一生を得た四人の男たちの一人の実姉が語ったものだといい、伝説というよりは世間話である。そのくらいに、猪苗代湖の大亀の恐ろしさというのは生き残った話だったのだろう。