鈴淵の由来

原文

鈴淵(れいぶち)のすぐ西側を流れている川があります。この川は、むかしは曲がりくねっていて、そのあちこちに沼があったといわれております。

鈴淵の村前のあたりに沼がありました。その辺の地名を、字スズブチと呼んでいます。月夜の晩に、この沼の近くを通ると、鈴をふったような音が聞こえてくるので、村人は、この辺の地名をこういうようになりました。

むかし、ある鈴淵の男が、夜、魚取りにこのスズブチに出かけました。夜中に魚取りに行くことを、ヨヅキに行くといいます。

この夜は、おぼろ月でした。葦やカヤや草が、あたりには密生しておりましたので、おぼろ月のうす明りをたよりに、魚を取りながら、スズブチに近づきました。

スズブチに近づくにしたがい、カランコロン、カランコロンという鈴の音のような音が、静寂な中に、はっきりと聞こえてきました。

この男、スズブチから鈴の音のような音が聞えると、話には聞いていたのですが、直接耳にするのははじめての経験でした。足を止めて

「はてな。どこからあの音が、聞こえてくるのかな。」

と、耳をすまして、音のする方を見ると、沼の中から聞こえてくるのです。

カランコロン カランコロン

カランコロン カランコロン

かろやかに、リズミカルに、そして休みなく、その音は聞こえました。ソロリソロリと沼に近づいて見ると、うす明りの中にも、はっきりと、ひとりの美しい娘が、月の光をたよりに、一生懸命にはた織りをしているではありませんか。

美しい鈴を振る音に聞こえたのは、はた織りの音だったのです。

その娘のあまりの美しさに、この男は思わず

「あっ。」

と、声を出してしまいました。

すると、その娘は、びっくりしてはた織りをしていた手を止めて、こちらをふりかえったと思うと、スーッと消えてしまいました。

村に帰って来たこの男は、昨夜の話を村人にしました。この話を聞いた人は、自分も見たいと、スズブチに行った人も何人かいましたが、その後、二度とあらわれなかったということです。

それから、部落の名を、鈴淵(れいぶち)というようになりました。

この美しい娘は、スズブチの沼の主で、お嫁入りのときの着物を織っている音だったということです。

北会津教育委員会『北会津の昔ばなしと伝説』
(ぎょうせい)より