HUNTER's LOG

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かりのまきもの

 "B"LOG
 2009.10.30

「龍学」の方でもうキッチリ系ばっかあげようとしたら無理じゃん、という例によっての遠い目の境地に達したので(?)、こっちもだらだらと勝手気侭な "B"LOG の再開となります。ここしばらくなにしてたのー、というのをずらずら書いても仕方無さげなので、直近のフィーバーから行きましょう。

件の「龍学」に絡んでしかるべき筋(民俗学とか)に突っ込んでいるのですが、あたしはそこでエラい物を発見してしまった。

カ リ ノ マ キ モ ノ

うはー。ナーンタルひびき。「狩の巻物」なのですよ、旦那。
もう足にでも落っことしたら確実にクラッシュな凶器レベルの『日本民俗大辞典(上)』をひっくり返しめっくり返ししていて目にとまったのですが、さすがに固まりましたね。

「猟師の出自譚、および、狩猟の作法や祈禱内容などを記した巻物。東北と九州の猟師に多く伝えられる。」

のだそうですが、これでもう「猟師」フィーバーに突入してしまった(笑)。もとよりちょこちょこと世界の狩猟民や東北のマタギについての本とか目を通してはいたのですが、ガチはすげかった。という事で、今回はちょっと長いですが、周辺まで含めて『日本民俗大辞典』からの抜書きをあげておきます。このあたりにハマっての最近のローグさんです、という事で。

もっとも専門辞典なんで基本的な用語の解説なんかはないんですが悪しからず。ただし、ちょっと引っかかった以下頻出する「十二山の神」に関しては合わせ技で「惰竜抄」に記事が載ってます

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かりのまきもの 狩の巻物

猟師の出自譚、および、狩猟の作法や祈禱内容などを記した巻物。東北と九州の猟師に多く伝えられる。東北マタギの有する狩の巻物は日光派と高野派に分かれる。日光派は日光山と赤城山の神の戦譚で、日光山側が不利になったところを赤城の百足退治をしたのが万次万三郎という弓の名手であったという説話。そのため、日光はマタギは万次万三郎を始祖と考えている。彼らは「神を助ける話」を基礎に自分たちの始祖が善行を成し遂げ、神からの許しを得て、狩猟という生業を営む正当性を獲得したと主張する『山達根源之巻』や『山立根源巻』という由来書を伝えている。これに対して高野派は弘法大師が猟師に殺生を禁断するよう説得したとされる。柳田国男が『後狩詞記』に収録した『狩の巻』は西山小猟師の由来書である。西山小猟師が山の神の産に行き会い、介抱したことにより猟ができたとする説話で、今も宮崎県の椎葉の猟師はコリュウシの子孫と信じている。鹿児島県大隅地方には、山の神と猟師の婚姻譚が記される『山神作法之事』が修験者の家筋に残る。ただし、『島津家文書』のなかにも同様の説話がみられる祭文があるため、藩で編纂した祈禱書が領国内に伝えられたとも考えられる。奄美大島にも狩の作法書がある。巻物には出自譚のほか、解体作法や動物の鎮魂作法、九州では見られなくなった熊の解体作法などが記される。→狩猟信仰 →後狩詞記 →山立根源記

参考文献 千葉徳爾『狩猟伝承研究』、一九六九、同『狩猟伝承』(「ものと人間の文化史」一四、一九七五)、同『狩猟伝承研究』総括編、一九八六

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しゅりょう 狩猟

野生の鳥獣を銃器その他の猟具を用いて捕獲する行為。猟師が独りで行う単独狩猟と、集団で行う共同狩猟とがあり、おもに前者は鳥や小形獣を対象とする小物猟、後者は大形獣を対象とする大物猟の場合に採られる形態である。一般に共同狩猟を行う組は近隣の気の合った連中の集まりであるが、東北地方におけるかつてのマタギ組は家系により半ば世襲的に組織された狩猟専業集団であった。小物猟はキジ、ヤマドリなどの陸鳥、カモ、タシギなどの水禽、ノウサギ、リス、ムササビ、狐、狸、テンなどの小形獣を対象とし、鳥類は鷹をはじめ、網・鳥黐・機辟・銃、小形獣は陥穽・罠・押・銃をもって捕獲する。その他積雪期のノウサギ狩りにはワラダなり柴木などを頭ごしに飛ばし、脅えて雪穴に潜り込んだところを、すかさず駆けつけて手掴かみにする猟法が行われている。大物猟は熊・猪・鹿などの大形獣を対象とし、罠・檻穽・押・槍・銃をもって捕獲する。その他鹿が盛る晩秋には鹿笛を吹いて牝鹿を誘き寄せ、銃撃する猟法がかつて行われた。小物猟・大物猟にかかわらず銃猟には多くの場合猟犬を使役する。鋭敏な嗅覚によって鳥獣を捜して狩り出したり、足留めしたりする。猟師が伝統的に使役してきたのは日本犬の雑種で、獲物の捕獲は猟犬の功績に負うところが大きい。関東以西の猪・鹿狩りには潜行・待ち撃ち・吠え留め・巻狩りのいずれの場合も猟犬を使役する。共同狩猟における獲物の分配は参加者全員が公平に山分けするが猟犬も一人前の分け前にあずかる。熊のイ(胆囊)と獣類の毛皮は仲間の相談により仲買人に売り渡し、金銭で分配するばあいがある。かつては手柄を立てた者に獲物の頭部とか毛皮の一部分を褒美として与えた。獲物を料る(りょうる・解体する)前後に捕獲儀礼を営み、山の神または狩猟神をまつり獲物の慰霊を行う。その体内から取り出した弾丸をシャチダマと称し、猟運が授かるといって珍重した。猟師はシャチダマとは別に鉄弾を常に携帯し、魔除けとした。また山中を山の神が支配する聖域とみなして言動を慎み、里言葉(里詞)を禁じて山言葉(山詞)を用いるなど、清浄を保つためにさまざまの禁忌習俗を厳守し、折にふれて水を浴び、垢離を取って身を清める。山言葉には矢先・初矢・矢立など弓矢にかかる語彙があり、中世以来の狩猟用語が残存している。矢口祝い・矢開きなどと称され生まれてはじめて猪・鹿を射留めた者の祝いは成人儀礼にも通じている。一方、猟師の山中での物忌・捕獲儀礼の際に唱える文言・真言、狩猟神および祖神にかかる伝承や狩猟文書には山岳宗教の影響が反映されている。

参考文献 千葉徳爾『狩猟伝承研究』、一九六九、石川純一郎「狩人の生活と伝承」(『日本民俗文化体系』五所収、一九八三、千葉徳爾『狩猟伝承研究』総括編、一九八六、永松敦『狩猟民俗と修験道』、一九九三

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しゅりょうぎれい 狩猟儀礼

狩猟に伴う儀礼。獲得祈願、入山・解体の儀礼、山の神への内臓の献饌と、祭礼時における獲物を生贄として捧げる行為や狩猟の模擬行為とに大別される。狩猟にまつわる個々の儀礼は修験者の関与によるところが多く、獲物の方角占いなどは今も行われている。入山に際しては山の神に御幣を捧げ山での安全を祈願し、解体する際には、獲物の霊を慰める種々の儀礼が執り行われる。東北地方のマタギの場合は、十二山の神様をまつり、熊が捕れたときは毛祭といって耳の毛・手先・爪先の毛を捧げる。十二山の神祭には十二本のやを供えるところもある。南九州の宮崎県奥日向地方の場合、猟師は山の神とは別にコウザキという神を信仰する。コウザキには内臓七切れを串刺しにしてまつる民俗がある。東北地方のマタギや九州の猟師などは狩りの秘伝書を所有している場合が多く、現在もその内容に即した作法や呪文などを伝えている。特に獲物の解体儀礼は厳重に守られ、刃物で悪魔祓いをするなど獲物の鎮魂を目的とする儀礼が残る。狩猟の模擬行為を行う神事は、鹿や猪の模型を弓矢で射るシカウチ、シシウチ行事、鹿児島県大隅地方の神狩り、沖縄県国頭郡国頭村のウンジャミなどがある。また、宮崎県西都市の銀鏡(しろみ)神楽や椎葉・諸塚の神楽などでも狩猟の模擬行為のある演目も見られる。

参考文献 千葉徳爾『狩猟伝承研究』、一九六九、野本寛一『焼畑民俗文化論』、一九八四、永松敦『狩猟民俗と修験道』、一九九三

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しゅりょうしんこう 狩猟信仰

猟師が狩猟を行う上で、獲物の獲得祈願、動物霊の鎮魂などを行う際に、狩猟を司る神や猟師の始祖とされる人物などを崇めまつること。猟師は一般的に山の神を信仰することが多いが、猟師神としての信濃の諏訪大明神の信仰も全国に及んでいる。東北マタギの場合、始祖の由来譚によって日光派と高野派に分かれる。日光派は日光山と赤城山の神戦譚で、日光山に味方した万次万三郎という猟師を始祖とし、高野派は弘法大師から殺生を禁断するように説得されたという由来をもち、おのおの由緒書を所持している。日光派では、猟に出る際に「バンジバンジ」と唱えると獲物が捕れやすいといわれる。日光山地では鹿や熊を射止めるとその場で山の神祭を行い、内臓を十二切れにして十二山の神様に供える。これを諏訪の祭とも呼んでいる。中部地方ではオオナンジ、コナンジという猟師が始祖として語られる。長野県伊那谷一帯では諏訪大社の御射山(みさやま)神事をはじめとする年に四度の御狩神事に合わせて、各地の社に生贄を供える習慣が多く見られた。南九州の宮崎県奥日向地方の場合、猟師は山の神とは別にコウザキという神を信仰する。この地方では猟犬が死ぬとコウザキになると信じられている。犬の死体の枕元には丸い川石を枕石として置く。椎葉の猟師がまつる山の神の周囲にはこのような丸い川石が転がっており、それをコウザキとしてまつっている。コウザキには内臓七切れを串刺しにしてまつる習慣がある。銀鏡神楽で有名な宮崎県西都市銀鏡では七コウザケと称して、七カ所のコウザケ(コウザキ)をまつっており、東臼杵郡椎葉村尾前ではシチニンノヘイヌシ(七人の幣主)という祭祀役がいることからも、コウザキが七という数字と関係していることがわかる。ただし、奥日向地方の山の神とコウザキは厳密には区分されるべき神である。この地方の山の神祭は旧暦の正・五・九月の十六日で、山師などは仕事休みとする。猟師も仕事休みとするが、この日に諏訪の祓えを唱えたりする。これに対して、コウザキには定期的な祭というものはなく、獲物が捕れた際にのみまつられる神となっている。ところが、この地方では「獲物は山の神様の授かり物」と今でも信じられており、決して、コウザキから与えられたとはいわない。山の神とコウザキ、この二神が同地方の狩猟信仰を支えている。鹿児島県肝属郡大根占町では、修験者宅の神木を山の神として崇め、猟師が祈願してはヤホコという剣先を木の割れ目に突き刺す習慣があった。獲物があると肉を携えて礼に来たが、今ではほとんど廃れた。猿の話はしてはならないといった、山で忌む言葉や山中での禁忌はすべて山の神が怒るから、といった理由で存在する場合が多い。山小屋での薪の燃やし方や出入りの方法など事細かく禁忌がある。猟の縁起物としてほぼ全国でオコゼが用いられる。オコゼを持つと猟があるとか、一匹獲物があるとオコゼに一枚の紙を巻くなどの作法がある。九州山間部では修験者が豊猟の祈禱としてオコゼ祭を行っていた。四国のいざなぎ流祭文や九州南部の狩猟文書には、オコゼの由来譚が記される。オコゼを用いるのは余程のときで、それ以外は魔物だとして恐れられる伝承も聞かれる。

参考文献 千葉徳爾『狩猟伝承研究』、一九六九、野本寛一『焼畑民俗文化論』、一九八四、永松敦『狩猟民俗と修験道』、一九九三、田口洋美『マタギ─森と狩人の記録─』、一九九四、武藤鉄城『秋田マタギ聞書』、一九九四

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お疲れさま(笑)。

で、ですね。『ハンター大全G』をご購入の方は読まれたでしょうが、いたじゃないですか、東大陸側の樹海に住むというナルガの装備を身にまとった人たち。あーいうのはね、いるんじゃねえかと思ってはいたんですけどいましたね(笑)。森の人みたいなの。

あれはやはり一つの「モデル」と見て良いと思うんですよ。中央から離れた地ほどああいった人々が色々いると。その辺がね、どんなもんかと。という感じでした。

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HUNTER & EDITOR

オンラインでお目にかかるハンターの名前は30代おっちゃんキャラの
Rough (Rough.C.Tanba)
となっております。
サイトの編集者はサイト名と同じで
HUNTER's LOG
です。どちらであってもカタカナで「ログさん」という感じでどうぞ。